「 時は�暦2026年、今ではトレーディングカードゲームが社会的に大流行し、最早使っているデッキやカードの内容で人生が決まるようになってしまった。これは形容的なものではなく、文字通り生きている間に最も使っていたカードに来世で転生するというキチガイシステムが開発されてしまい、かく言う私もカードに転生してしまった。私は生前二人一組のロリのカードをよく使っていたので……」って感じの導入のラノベを書こうと深夜テンションで考えた時にふと気づいた、転生系で来世が二人なんてあり得るのか?まぁまず転生はあるという前提で話を進めよう、そういう訳でスピリチュアル系の友人S(悪口)に尋ねたところ、前世での業次第で来世でそれを償うために生きるので、例えばヒトラーは不幸な数百、千人に転生しているそう。成程確かにこれなら発展途上国やスラム街の人口が多いのも分かる。であれば、ラノベ系の転生なら私の記憶を引き継いだ二人のロリになるのもあり得る……と。否、それはおかしいはずだ。なぜなら仮に私の記憶を持つ別人がいたとして、今生きているこの次元でそいつが私と同じ記憶を持つなんて認識できないのだ。ましてや相手もロリ、転生した場合一人として目覚めるため主観で相方が自分なのかを知る事はできず、相手が普通のロリであり前世がロリコンだと知られてドン引きされるリスクを加味して普通にロリとして振る舞う事が最適解だろう。そしてこれは相方も自分の記憶を引き継いだ場合でも同じであり、結果的に二人ともロリとして振る舞うため自分という存在は徹底して隠されるのである。これはこんな極端な話に限らず、例えば日本人全員が働きたくないという認識を共有しているとしよう。しかし他人は普通に働いており、自分だけ働かないと社会から浮いてしまう。これにより誰も働きたくないのにみんな働いている社会ができるのだ。では、以上を以て集団心理学への簡単な導入を終了する。二人のロリからマクロな社会に、具体から抽象に、この考え方を忘れないよう心がけてほしい。(注:これは雑記ログ冒頭恒例の怪文書です。ここから集団心理学についての解説が始まったりする訳ではありません。)

2026/06/08

・道を歩いて虫を踏み潰す。それを意図せず行い知らないでいるなら災害と同じであり、踏み潰した後に気づいたならそれは事故であり、気づいた上で敢えて踏み潰したなら罪人と同じのはずなのに気づいて踏まなければ聖人になれると思っている人間のなんと愚かな事か!と思う今日この頃

2026/06/05

・前置き怪文書が長すぎて本文書くのに若干躊躇する、雑記ログじゃなくて前置きログちゃうん?

2026/06/03

・反著作権論まとめる記事書こうかな〜()